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by dirtech

龍泉洞潜水奇譚8-「第三次龍泉洞総合学術調査隊」

1967年7月に3人が発見した新地底湖の存在が明らかになった成果を受け、早坂峠が紅葉で染まるその年の秋、10月19日から「第三次龍泉洞総合学術調査隊」が編成された。越智はビーバー集団を率いて調査隊に合流し、再び現地に赴いた。

この時の調査団には山内浩愛媛大学助教授(日本ケイビング協会会長:当時)を隊長に、石井良三京都大学教授、今村泰二茨木大学教授、長谷川善和国立科学博物館技官、鹿島愛彦愛媛大学助手(愛媛大学名誉教授であり現日本洞穴学研究所所長)など地質、洞穴生物、探検の専門家17名が参加した。

すでに岩泉町は、工藤市助町長の指揮で、わずか3カ月の間に、7月に越智らが竜宮淵から潜り抜けて到達した3つめのホール、現在の観光通路最奥の第3地底湖までの壁を次々と爆破し、通路と仮設橋を設置していた。

総合学術調査の潜水調査を受け持つ3人のダイバーは、第3地底湖上にせり出して設けられたデッキにベース・キャンプを設け、第3地底湖南側に口をあける竪穴を降りて行く形で、第4の壁のさらに奥に存在する次の地底湖の発見を目指した。越智達は、この第4の壁を越えて、現在観光客には未公開の4地底湖を発見したが、その先に進むことに難渋した。

直径4m弱ほどのエレベーター・シャフトのような竪穴はそのまま垂直に水深29mまで続く。周囲の岩肌はざらついた石灰岩で構成され、指先で少し触るだけでもボロボロと砂がこぼれるように柔らかい。体に感じるような水流はなく、かろうじて浮遊物がゆっくりと、ほんとうにゆっくりと上昇してゆくのを見て、この水が洞口に向かって動いていることが分かるだけである。

29mに到達すると傾斜が緩くなってさらに南に下がり、水底はガレ場となる。その先、水深33mで竪穴が開け、つまり第4の壁を抜けた位置に、直径10m以上のホールに出る。右手に上に抜けると思われる空間があり、ライトを向けるのだが闇に吸いこまれて届かず、その先はさらに続くことが想像できる。ライトの先に越智等が残したと思われる茶色に変色したクレモナロープが下がっている。第4地底湖への通路への入り口だ。


3人のダイバーは、第4地底湖の奥の、水面を確認するには至らなかったが、2つの縦に抜ける洞口を確認した。この2つをB洞、C洞と名付けたが、これらは2005年から8年にかけて行われた一連の調査で、第11次龍泉洞再測量調査中に陸上から発見した第7および第8地底湖であることが、2009年末から2010年正月にかけて我々が行った第15次調査で確認された。

龍泉洞第4の壁を抜けて南南西に続く奥の水中洞穴は、広く、深く、水の存在さえ感じさせない漆黒の世界だ。
人間の存在など圧倒するかのような景観は、どのような言葉も色褪せるほど、神々しく美しい。


5日間の潜水調査期間中、ビーバー集団の3人は懸命に潜ったが水中は広く深く、B洞とC洞の奥は水深50mあたりでさらに二手に分かれ、水温9度、空気潜水という限界に縛られ、主洞の方向さえ明確に把握できなかった。

こうして10月24日に予定通り第三次龍泉洞総合学術調査は終わった。
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by dirtech | 2010-07-22 17:20 | "龍泉洞潜水奇譚"